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第二話
其の①男子生まれる【後編】
道眞公の父、是善(これよし)が、家に帰ると妻の姿が見えません。
是善は、「はてな。」と思いながら家に上がりました。
すると、廊下を小ばしりに来る者があります。見れば永年家に使っている婆やでした。婆やは是善の姿を見ると、廊下にすわって、
「お帰りなさいませ。旦那様おめでとうございます。おぼっちゃまがお生まれでございます。」
と早口で申しました。婆やの
「そうか。」
とただ一口答えただけでしたが、是善はさすがにうれしそうでした。音人と話したことも、帰るみちの暑さも、今は全く忘れて、是善は、よろこびの気持ちで一杯でした。自分の机の前にすわってみたが、まだ落ちつきません。腹の底から、うれしさが込み上げてくるのです。是善は筆をとりあげて、机の上の紙に、
承和十二年六月二十五日
と書いてみたが、まだ落ち着きません。こんどは、眼をとじてみました。眼をとじると、いろいろなことが頭に浮かんできます。
「ことしは、どうも運のいい年にちがいない。三月には
男の子二人なくしてしまって、菅原の家のあとつぎのことが気になっていたが、これで安心した。お父さんが生きていて下さったら、どんなによろこばれるか知れないのに、これだけは残念だ。
・・・・・・お父さんには小さい時から、随分学問を教えていただいた。自分が十一歳の時、
生まれた男の子にも、小さい時分からよく教えこんで、自分よりは
是善のおもいは、それからそれと続いて果てしがない。ふと眼をあけて見れば、あたりはもはや、薄暗くなっていました。
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