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第十六話
その⑦母をうしなう【後篇】
道眞は、ふだんの生活を慎んだのみでなく、一切のお役目をも辞退して、全く家に引きこもり、母のおとむらいをしました。
しかし、たとえどれだけ孝行の心が深いにしても、道眞ほどの人がそんなに長く休んではお役所が困りますので、天皇は勅を道眞に
渤海の王様から来た手紙に対する天皇の御返事という大切な手紙を書くには、どうしても、学問の深い文章の上手な、道眞の力をかりなければならなかったのです。
道眞は、もちろん、母の遺言を忘れはしませんでした。
母のなくなったのは、道眞の28歳の時でしたから、それから9年、道眞が37歳の年、母にたのまれた観音様へのお約束を果たすことになりました。
金色のまばゆいばかりの観音の像が、出来上がりました。
像を作ったのみでなく、道眞は、この観音様の供養のための費用をも、十分用意しておいたのでした。
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