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第十一話
その⑤文武を磨く【後篇】
ある日、道眞は、
すると、その中の一人が、いたづらそうな眼つきで、皆のものに、ささやきました。
「おい、どうだ。一つ道眞にも射させてみようじゃないか。あれはだいぶ学問を鼻にかけているよ。なるほど、道眞は詩も文もうまい、よく書物も読んでいる。しかし、あんなに毎日家に閉じこもって勉強ばかりすれば、誰だってあのくらいにはなるさ。だが、勉強ばかりではだめだと思うよ。今日は一つここへ連れてきて、弓を射させてみようじゃないか。そして学問で弓はひけないだろうと、
皆、それにうなづき合いました。
間もなく、一人が道眞を連れて来ました。道眞は、ためされるのだとは知りません。いつもの通り落ちついた顔つきで、
「では、私にも一矢射させていただきましょう。」
と弓と矢を受け取り、静かに的に向かいました。皆の者は、ばかにしたような顔つきをしながら、道眞の動作をみつめました。ところがどうでしょう。その足の踏んばり方、矢のつがえ方、すべて作法にちゃんとかなっています。
見ていた者達は「おや、おや。」と思いました。
やがて弓は満月のように引きしぼられ、ヒョウと放てば、矢は
皆の者は、思わず「アッ。」と声を立てました。ある者は、耳の根元まで赤くしています。ある者は顔も青ざめて、口をポカンとあけています。
次の矢も、小気味よく、的を貫きました。その次の矢も、また次の矢も。的に向かい、軽く一礼して弓を返した道眞のところには、いつの間にか良香先生がが立っていました。良香は道眞の手をとって、いかにもうれしそうにいいました。
「あなたは、いつの間に弓の稽古をなされたのか。弓の作法を一々心得てばかりか、このお腕前、全く驚いてしまった。わけても、文のみでなく武をも忘れぬお心掛け、まことに見上げたものだ。」
道眞は別に高ぶるようすもなく、遠慮深げに、頭を下げるのみでした。が、一方、若者達は、はづかしくてなりません。誰一人として道眞の顔を見ようとするものはなく、ただ顔を赤くして、良香先生の言葉に聞き入るばかりでした。
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