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第四十六話
その21 流れゆく身【前編】
醍醐天皇を廃し奉って、
全く身に覚えのないことで、官職を奪われ、九州の果てに流されるという。
それも、自分のみか子供達までも。
いや、自分に親しかったというだけの理由で、流された者も多い。」
菅公は、考えれば考えるほど、情けなくてたまりませんでした。
「しかし、天皇の御言葉である。天皇のご命令とあれば、従い奉らねばならぬ。」
と菅公は嘆きのうちにも、もはや心をとりなおしました。
過ぎ去った今日までのことを思い起こせば、いろいろと胸に迫ってくるものがありました。
中でも、宇多法皇の御恩が思い出されました。海よりも深い御恩の万分の一にもお報いできぬうちに、退けられて、九州の果てに下らねばならない。何としても、それが一番心残りでした。
「せめて一言、御暇乞い(いとまごい・・・別れを告げること。別れのあいさつ。)申し上げておかねばならぬ。」
その心を一首の歌に詠んで、法皇の
流れゆく我はもくづとなりぬとも
君しがらみとなりてとどめよ
法皇は、これを御手にされて、夢かとばかり驚きになりました。全く寝耳に水のたとえのとおりでした。
それを御覧になるが早いか、とるものもとりあえず、御供の行列も整えさせられずに、急ぎ内裏(だいり・・・皇居)へとお向かいになりました。
常は御乗物に召さるる御身ながら、御急ぎなので、今日はその御用意を命じ給う
道眞の身の上を御案じになって、一刻も早くと急ぎ給う法皇の御心は、まことに尊き極みでありました。
やがて内裏の御門に近づき給うて、御覧になれば、御門の扉は固く鎖され、番兵が厳重に守っています。
「帝への対面である。門をあけよ。」
と仰せられましたが、番兵たちは、
「ただ今、御門の御通行は、かなわぬとの御命令でございますから。」
と申し上げるばかりです。
これも時平らのたくらみでありました。
菅公を流すときまれば、きっと法皇が御出ましになって、天皇に御聞きただしになるに違いない。そうしたら時平らのたくらみがあらわれて、それこそ大へんだ。
菅公が罪におちないのみか、反対に自分達が罰を受けることになる。何よりも大切なことは、法皇と天皇とが御対面なさらぬことだ。たとい法皇がお越しになっても、内裏へお入れ申してはいけない、というので、下役人達に固くいいつけて、御門をしめさせ、その番をさせていたのです。
法皇はこれはただ事でないと思し召され、
「では、門のあくまで、ここで待っておる。」
と仰せられ、恐れ多くも御敷物を地に敷かれて、お待ちなさいました。
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