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第三十四話
その⑮知命の賀【前篇】
ここ吉祥院の本堂は、今しも酒盛りの真っ最中で、割れんばかりの賑やかさです。
その騒々しさも気にならないのか、行儀よく上座にすわっているのは、参議勘解由次官
しかし、道眞の眼もとは、お酒のせいでもあろうか、ポッとあかくなり、口もとには、如何にも満足そうな微笑がたたえられています。
平素は固くなっている人々も、今日はひどくおしゃべりになって、あちらでもこちらでも、大声でわめき立てています。
「どうだ、君、この人の多いことは、菅家には、弟子が多いと知ってはいたが、まさか、こんなに多いとは思わなかったよ。」
「全くだ。これでは朝廷にお仕えするものの半分は、きっとここにいるね。」
「いや、半分どころじゃあるまいよ。今日は、どの役所も、がらあきじゃないかしら。」
「何といっても大したものだ。しかし御学問の深さといい、お徳の高いことといい、当代第一だからな。そのことを思えば、門生の多いのはあたりまえだよ。」
「いや、全くおめでたいことだ。五十というのに、あの通りお元気だし。」
話の主はチラリと道眞の方を見て、また盃をとりあげました。その隣での話を聞いてみると、これはだいぶ理屈っぽい。
「君、前の月にお出しになった、遣唐使停止の上奏文を拝見したかね。」
「むろん、とっくに読ませていただいたよ。どうだ、あの文章は。いつものことながら、ご立派だね。すっかり感心してしまったよ、僕は。」
「こうなれば、もう学者というだけではなくて、大政治家だね。」
「いや、全くその通りだ。」
「それはそうと、この吉祥院は、いつ出来たのか知っているかね。」
「これはね、清公様の時だ。なんでも清公様が遣唐使の一行に加わって唐に渡る時、海が荒れて、大変難儀をなさった。その時、
「では、それからずっと、菅原氏の氏寺になったわけだね。」
「そうだ、だから、今は三代目ということになる。」
五十歳のことを
弟子達は、今日のお祝いに、それぞれ心をこめてお祝いの死や文を作って来ましたが、その披露は、もはや済んでしまい、今は酒盛りとなっているのです。そのざわめきは、いつ果てるともしれません。
賑やかなのは酒盛りの席だけでなくて、吉祥院の庭も、人のゆききでざわめいていました。
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