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天神様菅原道真公のお話
第十八話
その⑧文章博士【後篇】


学者仲間には、特にそれがひどいようです。 都良香(みやこのよしか) も詩の中で、

同門相たすけ、異門相しりぞく

といいました。同じ先生についた者達は、互いにたすけあって出世しようとはかるが、師匠の違う人をば、どうも排斥(はいせき)するという風があるというのです。

また、三善清行が、 紀長谷雄(きのはせお) の書いた文章の批評をしたことがあります。その時の清行の批評の言葉も、またひどいものでした。その言葉というのは、

「古より不才の博士なし。そのこれある (なんじ) に始まる。」

という類で、一口にいえば、お前のようなつまらぬ博士は始めてだ、というのです。これでは、学問上の批評とは申せません。全く口ぎたないののしりようですし、他人をおとしいれようとするいやしい心境が見えすいています。

こうしたことを考えてみれば、父の言葉は、如何にももっともな注意だと思われました。道眞は、今までより一層慎み深くし、人にうしろ指をさされることのないようにと、学問に精を出しました。

それでも口さがない人達は、道眞の大学での講義ぶりや、作った文章について、あれこれと陰口をききました。時には、道眞の耳にもそれがはいります。一度二度は聞き流しもしましたが、度重なれば、やはり嫌な気がします。道眞はつくづく、博士たることのをむづかしさを思いました。そしてこれを詩に作りました。『 博士難(はかせたるはかたし) 』というのが、それです。
その中で道眞は

南面わずかに三日、耳に 誹謗(ひぼう) の声を聞く。

といいました。講義を始めてやっと三日で、もはや悪口が聞こえるというのです。しかしそれも、まだ父の生きている間は、ほんの陰口程度でしたが、父をうしなって後は、随分ひどくなりました。

元慶六年の夏、藤原 冬緒(ふゆお) という学者をそしる文章を作った者がありました。名前がないので誰が書いたのかわかりません。ところが、それを、道眞だといいふらす者がありました。

「道眞でなければ、こんなうまい文は作れないから、道眞に違いない。」

というのです。もちろん、それは真赤ないつわりで、道眞をおとしいれようとするも者の、たくらんでいったことでした。道眞は困ってしまいましたが、ただじっと我慢していました。

島田忠臣だけは、道眞のこの苦しい心のうちに同情してなぐさめの詩を送ってくれました。道眞はそれをうれしく思い、少しは気が軽くなりました。

こんな時思い出されるのは、父のことでした。父の是善は、その前年(元慶五年)69歳でなくなっていました。是善は文章博士・ 大学頭(だいがくのかみ) となり、さきにも述べた『貞観格式』の編さんにも加わり、また、文徳天皇御一代の国史、すなわち『文徳実録』を作るにも功労があり、その他いろいろな善書があり、立派な詩や文をのこした大学者であり、 刑部卿(ぎょうぶきょう) といって、今の司法大臣にもあたる重いお役目をつとめた人でした。

それでいて、また、非常に信仰心の厚い人でしたから、道眞が、母のために観音像を作ったと聞いた時も、そのよろこびかたは並大抵ではありませんでした。

なくなる時もほかに遺言はなく、ただ、
「毎年十月の菅原家の法事のことを、忘れるな。」
といったのみでした。

学問があり、信仰も厚かったから、是善は、何事にも物わかりがよく、心に落ちつきのある人でした。道眞は、今は立派な学者なのですが、苦しいことにあうと、やはり父のことを思い起こすのでした。



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菅原道眞公のお話 目次
第一話 其の①男子生まれる【前編】(10/2) 第二話 其の①男子生まれる【後編】(10/3)
第三話 其の②学者の家【前編】(10/4) 第四話 其の②学者の家【中編】(10/5)
第五話 其の②学者の家【後編】(10/6) 第六話 其の③双葉芳し【前編】(10/7)
第七話 其の③双葉芳し【後編】(10/9) 第八話 其の④月の桂【前編】(10/11)
第九話 其の④月の桂【後編】(10/13) 第十話 其の⑤文武を磨く【前編】(10/15)
第十一話 其の⑤文武を磨く【後編】(10/17) 第十二話 其の⑥官途につく【前編】(10/21)
第十三話 其の⑥官途につく【中編】(10/24) 第十四話 其の⑥官途につく【後篇】(10/28)
第十五話 其の⑦母をうしなう【前編】(10/30) 第十六話 其の⑦母をうしなう【後篇】(11/1)
第十七話 其の⑧文章博士【前編】(11/3) 第十八話 其の⑧文章博士【後篇】(11/6)
第十九話 其の⑨白氏に同じ【前篇】(11/8) 第二十話 其の⑨白氏に同じ【後篇】(11/10)
第二十一話 其の⑩讃岐に赴く【前編】(11/12) 第二十二話 其の⑩讃岐に赴く【後篇】(11/15)
第二十三話 其の⑪阿衡の儀【前編】(11/17) 第二十四話 其の⑪阿衡の儀【中編】(11/19)
第二十五話 其の⑪阿衡の儀【後編】(11/21) 第二十六話 其の⑫春立ちかえる【前編】(11/23)
第二十七話 其の⑫春立ちかえる【後篇】(11/25) 第二十八話 其の⑬歴史家道眞【前編】(11/27)
第二十九話 其の⑬歴史家道眞【中編】(11/30) 第三十話  其の⑬歴史家道眞【後編】(12/2)
第三十一話 其の⑭遣唐使を停む【前編】(12/4) 第三十二話 其の⑭遣唐使を停む【中編】(12/7)
第三十三話 其の⑭遣唐使を停む【後編】(12/13) 第三十四話 其の⑮知命の賀【前編】(12/15)
第三十五話 其の⑮知命の賀【後編】(12/18) 第三十六話 其の⑯天皇の師伝【前編】(12/21)
第三十七話 其の⑯天皇の師伝【後編】(12/26) 第三十八話 其の⑰大和への旅路【前編】(H.17/1/24)
第三十九話 其の⑰大和への旅路【後編】(1/24) 第四十話 其の⑱右大臣に昇る【前編】(1/29)
第四十一話其の⑱右大臣に昇る【後編】(2/9) 第四十二話其の⑲御衣を賜わる【前編】(2/14)
第四十三話其の⑲御衣を賜わる【後編】(4/15) 第四十四話其の⑳禍きたる【前編】(4/20)
第四十五話其の⑳禍きたる【後編】(4/21) 第四十六話其の21 流れゆく身【前編】(4/23)
第四十七話其の21流れゆく身【後編】(4/25) 第四十八話其の22明石の驛【前編】(5/4)
第四十九話其の23明石の驛【後編】(5/10) 第五十話其の24筑紫への道(7/5)

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