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第十五話
その⑦母をうしなう【前篇】
道眞の立派に成人することばかりを念じ、明けても暮れても、道眞の体のこと学問のことを心配しつづけて、月日のたつのも忘れていた母ではありましたが、その母の髪はいつの間にか、おおかた白くなり、ふくよかだった両頬もよほどこけて、額には太いしわが二筋三筋かぞえられます、もう六十に近いのでしょう。
道眞は、もはや立派に成人しました。あっぱれ菅家の世継ぎよと、人々に誉めそやされています。苦労のかいがあったというものです。この上はよい嫁をと思っていたが、嫁も見つかりました。その嫁というのは、
母としては、もはや何も思うことはありません。こうした心のゆるみからか、ふとしたことから病の床についてしまいました。家の者達は、医者よ薬よといろいろ骨を折りましたが、中々よくなりません。
ある日母は、道眞を枕べに呼びました。そしていいました。
「道眞、あなたは今こそ立派な大人になっていますが、小さい時は、それはそれは弱い子供でした。私はいろいろ考えた末、観音様にお祈りして、あなたの丈夫になるようお願いしました。そして、もしこの子が丈夫にしていただけましたら、御礼に観音様の像を作ってお納めいたしますと、お約束しました。ありがたいことに、観音様のおかげで、あなたは元気に育ちました。ところが、私は、まだそのお約束を果たしていないのです。私の私のこんどの病気はとてもなおりそうにありません。どうか、あなたが、私に代わって、観音様へのお約束を果たして下さい。」
母はそれから間もなく、なくなりました。
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