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第三十五話
その⑮知命の賀【後篇】
それは、酒宴の席に出られぬ人達が、せめてお祝いの心だけでもあらわそうと、思い思いに何か書いたものや、お祝いの品を持ってくるからでした。
大勢の人々が入りかわり立ちかわり、あとからあとからと、ひっきりなしにやって来ます。そして思い思いの品を、かねて用意してある台の上に置いて、帰って行きます。
台のかたわらには、二三人、弟子らしい人が立っていて、来た人々に軽くお辞儀をしていました。ふと弟子たちの眼にとまった者があります。それは、一人の老人でした。大抵の人は着物を着がえているのに、その老人はきたない着物で、腰もだいぶまがっています。
老人は、人のかげにかくれるようにして、そわそわしながら近寄ってきて、台の上に、何かを大急ぎで置いて行ってしまいました。置いたのは二つで、一つはお祝いの言葉を書いたものらしいが、一つは何かよくわかりません。とにかく、小さな包みでした。
「今のは誰だろう。」
「あの包みは一体なんだろう。」
と弟子達はささやき合い、ちょっとあけて見ようということになりました。その包みをあけて見て驚いたことには、それは、ピカピカとまぶしく光る砂金でした。
「これは大した贈りものだ。」
「一体どなたからのだろう。」
「お祝いの文章の包みをあけて見たら、名前がわかるだろう。」
というので、こんどは、そちらを開いて見ました。見ればお祝いの文は、
「伝え聞く菅家の門客、共に知命の年を賀す。」
という言葉で、始められていました。文章はむずかしくて、よく読めなかったが、とにかく、最後まで見てゆきました。しかし、名前は記されていません。
「一体どなたからだろう。」
と首を傾け合いましたが、どうもわかりません。しかし、これだけの立派な文章で、それに砂金を添えてあるところからみれば、きっと身分の高い人に違いないということだけは、誰も皆一様に考えたことでした。
このままにしておいてもというので、その中の一人が、早速それを持って、道眞のもとにまいりました。
読み下す道眞の顔は、次第にひきしまってきました。今まであかくなっていた顔から、血の気のひいてゆくのが見えるようです。読み終わると道眞は、軽く眼をとじて、深く頭を下げました。
道眞は、ひどく感激したもようです。
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